2014,08/20 ??:??

 “女王”は一人、暗い部屋の中にいる。
 彼女たちが『夜の果て』へと脱出して後も、五十年以上魔女狩りは続いた。
 初代女王──センテンティアの判断は間違っていなかったはずだし、この“城塞”に住まう民も決してそれを否定しなかった。
 けれど、この城で生まれた子供たちが増えていき、今では人口の大半が『夜の果て』で生まれた者たちだ。
 そしてその間で、長い時間をかけて高まってきた声がある。
「地上に帰りたい」
 ただ単純なその一つの想いは、やがて“城塞”を揺るがす大きなものとなっていった。
 女王は民の意志を否定しない。彼女は“城塞”に残る数少ない第一世代民の一人だが、如何に充分な用意をしたと言ってもこの城には幾らも足りないものがあった──充分な光も、植物も、水もない。すべて必要量にぴったりしか手に入ることはないのだ。
 勿論地上でも充分なものがあるとは言えない。けれど、子供たちはこの狭いお城に飽き飽きしている。もっと広い世界、自由に出歩ける世界、見たこともない世界、そこに行きたいと願っている。
 だから彼女はその願いを叶えることにした。此処に逃げてきたのは彼女たちの──最初の民の願いだ。ならば此処から帰るのが民の願いなら、帰る方法を探さなければいけない。

 女王にとって、『夜の果て』の闇はとても心地よく離れがたいものだったが、同時に彼女は長い女王としての生活の中で子供たちに深い愛を持っていた。
 彼女は子供を産むことは出来なかったが、“城塞”に暮らす全ての人間が彼女の子供だった。
 母親は子供の為ならば我が儘は言わないものだ。彼女はそう認識している。
 だって彼女の母親は、彼女を産むために真っ二つ(・・・・)になったのだもの。

 女王は赤い天鵞絨張りの椅子から立ち上がり、立て掛けられていた杖を手にとって、その石突きで黒曜石の床を強く叩いた。
 かしゃーん、と澄んだ音を立てて一面が削れ、弾け飛ぶ。彼女が女王になってから二百年以上の時が流れ、その床だけは幾度も叩かれて黒曜石が幾度も弾け飛んでいる。
 その音に反応して正面の大扉が音もなく開いた。そして差し込む光の中に二つの影が現れる。
 影の一つはイヴニングコート姿の初老の男──ベルンハルト。
 そしてもう一つは銀糸で小さな星の刺繍を散らした黒い天鵞絨の上下に身を包む長身の女。歳は三十路に届こうかという処か。
 二人は革靴の堅い靴音を立てて歩き、女王の座の左右にて立ち止まった。
「……ベルンハルト、“ミラクラ”との連絡は?」
 女王の言葉に老人は頭を振り、一瞬喉から異音を発した。まるで叩き潰された金属片のような、硬質で壊れた軋みが響く。一瞬慌てる彼に、女王は慈悲深く笑みを投げる。彼は一度頭を下げ、改めて指を立てて緑色の文字を著した。
「……ふむ」
 文字を読んだ女は息を漏らし、女王は逆に呼吸を止めた。
「……彼女がいなければ、状況は最悪になるわ。それだけは避けなければ」
 女王の言葉に、しかし返答は横合いから入った。
「陛下、心配のし過ぎではありませんか」
 剣のように鋭い女の声に、女王は向き直り柔らかく言葉を返す。
「何故? 状況を悪くするのは愚策に決まっているでしょう」
 その言葉にしかし女は不適な笑みを浮かべ、
「心配はありません。……殲滅(・・)すれば良いことではありませんか」
 女王は眉を顰める。
「ノエル…… 貴女、何を考えているの?
 魔女狩りより惨いことをするつもり?」
 それはこの“城塞”の中では最悪の言葉と言えた。決して許されない過去の惨劇を再び……いや、それ以上の事を起こそうなどという愚行には、決して意を同じく出来ない。
「……他に手段があるというのならば、お教え戴きたい。
 奪われるものは抵抗します。ならば全て叩き潰す以外ないではありませんか」
 真剣に答える女(ノエル)を見て女王は表情を固くする。
「……最低限よ。私たちは最低限以上は……」
 しかしその言葉をノエルは遮る。
「我々は今まで最低限で生きてきました。地上まで降りてそれを繰り返すのですか?
 それでは此処にいるのと変わらない!」
 ぐ、と言葉に詰まる女王に、彼女は真剣な表情のまま、
「……大丈夫です。抵抗する間もなく軍事力を叩き潰せば、殲滅するまでもなく我らが勝利できるでしょう」
 自信の漲った声で彼女は言う。対して女王は沈痛に沈んだ面もちで、
「……考えておきます。状況次第ではそのようになるかもしれないわ。準備だけはしておいて」
 はい、と強い声で答え、再び靴音を高く鳴らして部屋を出ていこうとしたノエルの背に、女王は声を投げる。
「……ノエル。貴女達はみんな……そう思っているのかしら」
 振り返ったノエルは廊下から差し込む柔らかな蝋燭の光の中、逆光で見えない表情(かお)を女王に向けて返答する。
「勿論です。
 我々を放逐した世界に何を遠慮する必要があるのですか」
 そうして一礼し、今度こそ彼女は出ていった。

 とさり、と軽い音を立て、女王が椅子に座り込む。倒れかけた王杖をベルンハルトが受け止め、椅子の杖掛けに立て掛けた。
 暫くの、沈黙。
「……私は、間違っていたのかしらね?」
 誰にともなく言った言葉。ベルンハルトは答える言葉を持たず、ただ側に控えるのみ。
「けれど子供たちが望むなら……それも仕方がないのかもしれないわ」
 子供は親を殺して生まれる(・・・・・・・・・・・・)。ならばこの“城塞”の親たる地上の民を殺さなければ、彼女の子供達は本当に生まれることすら出来ないのかも知れない。

 かつて親を真っ二つに裂いて生まれた子供、クレオという名を捨てた女王は、長い月日を生きたその眼でただ闇の中を見据えた……。

Interlude out...

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