« Profile | メイン | レビュー#2:凶気の桜 »

2003年10月29日

レビュー#1:G戦場ヘヴンズドア

(日本橋ヨヲコ/小学館IKKIコミックス) →Amazon(1) (2) (3)

 日本橋ヨヲコという作家がいる。
 彼女にはいくつかの連載作品があり、それらは不遇に終わってきた。
 「打ち切り」という鋭いナイフに幾度も首をかっ切られて、彼女は心を痛めて産んだ子――作品を、幾度も、最終回という墓標に葬った。

 G戦場ヘヴンズドアという作品がある。
 これは日本橋ヨヲコという作家が、初めて望んだ最終回に到達した連載である。
 とても不器用な二人の少年――長谷川鉄雄と堺田町蔵――が出会い、反目し、別れ、そして再び出会う話だ。単純化すれば此処に帰結する。しかし其処にある物語はもっと濃密で、美しい。涙さえ流すほどに。
 そしてこの物語のもう一つの主役は、漫画を描くこと、そのものだ。

 血反吐を吐きながらのたうち回り、癒されることもなく、また新しい傷を負いながら、幾度も物語を生み出し、商業と創作の間で悶え苦しみ、幾度も作品達を墓標に葬りながら、それでも描き続ける――描かざるを得ない、描く以外に方法を知らない、とても不器用で、しかし繊細な「漫画家」という連中の物語。

 「G戦場ヘヴンズドア」は、藤子藤雄の「まんが道」、相原コージと竹熊健太郎の「サルでも描けるまんが教室」や土田世紀の「編集王」、島本和彦の「燃えよペン」「吼えよペン」。それらの流れにあり、しかし決してベクトルが同じではない「マンガがテーマのマンガ」だ。


 日本橋ヨヲコの「漫画家性」は、そのソリッドなラインと言葉に顕れる。鋭くて触れるものをすっぱりと切り裂くような、それでいて柔らかく優美で触れるものに優しい感触を残すような、シンプルさ。

「オレを震えさせてくれるのなら、/この世界で、/一緒に汚れてやる。」

 この言葉ほど、それを表している言葉はないだろう。優しくて、切れ味は抜群だ。
 彼女の作品は何時もこんな風に優しくて、鋭い。


 第一巻の巻末に掲載されているメールによるインタビューにおいて、この漫画のタイトルの意味が語られている。曰く、

>上半分は「G線上のアリア」からとりました。バイオリンのG線のみを使って
>演奏されると言うことで、Gペンとかけてみて、なんかうつくしーなと。
>Gペンの戦場って意味ですね、そのまんま。

>「ヘヴンズドア」はですね、漫画を本気で描いているとイッちゃう瞬間があるんですよ。
>友人はセックスでイク瞬間に「ガンダーラが見える」とか言ってまして(笑)
>そういうなら、私的に漫画でイク瞬間は「ヘヴンズドアが見える」かなと。
>つまり「Gペンの戦場で戦ったものだけが見える聖域」という意味です。 

 僕はGペンを持たない物書きで、まだヘヴンズドアを見たことはない。
 ……何時か、戦場に立てるだろうか。其処で戦友と出会えるだろうか。
 そんなことを考えたせいだろうか。最終巻を読んでいて涙が止まらなくなってしまった。


 わかりやすくあらすじでも書こうかと思ったが、それは野暮だと気付いた。
 この作品は心の芯に触れるから、自分で読むのが一番いい。是非、読んで欲しい。
 ものを描く/書く人、創る人には、特に読んで欲しい。きっと、何か、少なくとも何かの、参考になるだろうから。サルまんのように、直接的な参考にはならないだろうけれど。


 願わくばあなたにもヘヴンズドアが見えますように。

投稿者 PsyKa : 2003年10月29日 20:59

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.adolescencelost.net/mt-tb.cgi/8

コメント

コメントしてください




保存しますか?


AdolescenceLost Resources

adolescencelost.net v 4_3